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july, july, july,──世界の果てにいきたいんだ世界のすべての七月のなかで
もうじき晴れるという報せ来て河床に素足を入れる、ほらこれがきみの羊水
夏色の麦いっぱいの平原を飛べる蝶はるかまだ知らないところで落ちる
虹あがるボーキサイトのかなたにてきみがあらわれるという幻
それがぼくにとり倖せだってことをきみに告げるかまだわからない
ゆうこの誕生日にかの女の夢を見る帰れないところに来たという根拠
夢で在ればいいのに雨のむこうがわにきみらしきひと見えず
瞬きのあいだにすべて消えてしまうはかなさという雨の正体
誕生日が来たという実感もなし論証不在の7月3日
まだわからないのかあれがただの俄雨じゃないってことが
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そしてまたきみの幻影に歩調あわせいつのまにやら消えてゆくこと
飛び立つところ見つからず老いてしまうかぼくのレインコート
ところできみが着ていたというのはこの時雨のことだとうか
すべては見せかけだろうか崩落する宵待草反転する花と美人画
きみへの道すがら死んでしまったものたちを弔いたいけど茶器がない
おれがただ銀河の西へいったくらいで腹を立ててる母のまぼろし
なくなればいい ぼくが描いたものみな、陽色のなかで燃えつくされて
月の夜のゴンドラゆれるまだわずか魂しいらしいものを見つけて
あれからというもの、ぼくがきみを妨げてるみたいな気がしてる深夜
たとえば草のように花のようにゆれてみたい傘ならきみが持てばいいから
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ここに存るということのはかなさばかり遠くにはかげりつつあるゆうこの笑顔
かげろういまだ見ずぼくのうちを燃えあがる梁が痛いんだどうしたらいい
するとどうだろう?──きみのなかにいるぼくがすっかりいないくなる水槽
みどりごのうちなるみどり充ちたれてやがて暮れゆく生田川公園
みそひともじのきみへのおもいすら棄てるきみはぼくを忘れてるという仮説
ぼくのなかのきみがいなくなるなら悦んで種を蒔く七月の果てに蒔く
時が終わるということにただなにもできず手巻き時計の淋しさばかりあって
やがてまた会えるだろうとおもってたぼくの浅はかさを笑って欲しい
時が鐘を鳴らす教会の尖塔に鳥がとまり雲はるか港を流れる
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いつのまにやらきみを好きだったといういいわけじみたぼくの論説
星を引き摺りおろすみたいにしてきみのいない教室をおもいえがく夜
なにも得るものがないまま帰ることもできずに原野の黝い敗北
時として寄るべき旅するぼくの墓標みたいなかげまたひとつ
それはぼくのせいぢゃないんだ黒髪みたいな雨が降るのは
それがまたかたおもいと呼べるならいつまでもぼくはその道を歩く
午睡するぼくの時間のかたわれをきみに捧げるあけどきのほどろ
星憾むささやかなときひとり「ぼく」を葬り「わたし」に返る
だれもまたいずこに帰るからす飛びまた幾千の星霜となるだろう
からっぽの世界のなかに沈みゆく磔刑として裁かれるぼく
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夏草の繁る道あり白雨ごと手を濡らすもの・ぼくは愛する
見えるだろう。時のしずくにいま映るきみがいるという世界の分岐
草かげにうずくまるのみ若さという通行許可を喪ったいま
縁日の世界のなかでたちどまるもうだれもないという証明
舟ゆらすはないちもんめ国を売るおもいでばかり流しそめたく
櫂もなしひとりながれを見つめてはぼくがだれだということもわからず
荒れ野にて花万華鏡ゆさぶってきみが現れないかとする実験
ひざかりに点々とする血のしずくだれにも繋がれないということ
指にミズあかりをくゆらせてようやく雨季の訪れを識る
いま映像が消えてしまった、フィルムはもう光りのなかをでてしまって
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なんのためになんのためにぼくが存る虫が歩くきみが消える
そうだとはいえほとんどの子供が死者を持てないだなんて
july, ──かりにきみが会えたからってどうなんだろう声のつづまり憶えるだけか
どうして!──どうしてそんなことまで発見しなきゃならないなんてだれの選択だ!
だれかがぼくを撰んでくれたらいいのにとおもう夏化粧
そうだったらいいのにそうだったらぼくが誕生するはずもなかった青バナナ
思慮もなく侍女崩落のところに残すなんの憾みすらなくてただ
うつくしき化身や邪神のみにわが験しざられる熾きは在らざれ
うつろなるかの女のまなこ乳色の天の川にてひらかれるのみ
放たれる仮のぼくのみ蛍火のしっかり熱い部分にまぎれ
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まだ切ないという辞に照らしてみればきみはぼくを憐れんでいるのか
帯電しやすきかまきりなどの混ざった指さきの汁を嘗める
ばかな心ばかりがここにあってどうしてきみ忘れられるか
土ばかり球根ばかり地に存ってまだおれならどうするのかもわからない夕暮
もはやしんみりしてられず大きな葉っぱふりまわしたる
伝令聴くだれもいなくなった広場にてかげろうのかげ薄く煮え立つ
見かけないひとがゆうこのところやって来るそんな夢見るはつなつの沖
みどりいろなす枇杷の実のすべてが欲しい反逆ののち
まだ春の名残があって草光るまだおれも生きてるんだという強がりよ
いついまでもこうするつもり天籟のひびきのなかの運動靴鳴る
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ぼくはぼくでいられないあやめの花涸れるところまで歩くだけ
憐れにも水ひかるとき手のひらをかざしておもう・七月はいま
きみにまだ好きだといってなかったことの寿ぎはどこにある?
遠ざかるおもいのなかにさまざまの色をなすのみあじさいの死
もどることできずにいる、公園の真夜中の惑星にはもう、だめ
詩のうつろ、足のうらで感じる、すべてがさもしいとつのる声
帰宅するわが家もなくてひとりずつ引き裂かれて豚の皿になる
蠅の飛ぶ王なき室の片隅の昏き地平の旅をつづけているなかを
花の名はおもいちがいの果てですか、そうもよいとかれはいう
七月の夜に啼くまま猫のいるアウト・フォーカス見なかったよ
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