みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

雨季のエロイカ《今月の歌篇》

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 雨に煙れる町のむこうがわで一握りの石を拾いあげるきみへ


 時折ぬかるんだ道に足をとられてきみを愛おしくおもう夕べ


 まやかしのこととおもえば少しは気が楽か英雄不在の失意のなかで


 あじさいがゆれるゆれるまたゆれてやさしさなどをあざけりゆれる


 光りさすなか一輪を剪りに来て茎もてあます朝餉のあとは


 雲叫ぶようにながれゆき幼子たちのまなこに消える


 ただまっすぐにして立柩のようなたたずまいのきみ


 だれもがおなじようにはなれないといい雨止むのを待てり


 ゆりかごのようなかげ来て時雨れなる急ぎ走りのような週末


 たゆたえるぼくの脂に光りさすときしばしのみきみと通ずる


   *

 
 友引の祭りの花の泥棒の仮面の一夜水充ちたれる


 海という一語のために汲まれてはあわれしづかなる六月の桶


 かくれんぼする男の子たちマンションの階を駈けるちいさな冒険


 進入禁止の路次また路次よ葬式に遅れてひとりギンズバーグ暗唱す


 天が原のきぬずれひとつまたひとつ水となり眼鏡打つ未明まで


 磨りガラスむこうにだれかいるようでいないようでもある雨模様


 胸板欲す・ぼくのしずか雨季・いつか憑かれてみたいエロイカの肉体


 ティーンエイジャーらしく髪掻きあげて去る学生服の亡霊


 きみはまだ帰って来ない潴ひとつひとつを踏んで歩いて


 ためいきのように莨を吸いながら窓の曇りを指で汚した


   *


 ふたなりの少女ごとくきみがいて腿を走るは熱いスペルマ


 近代以前のかなしみをおもって泣いています・あなたが、あなたが、


 かつて友人であったことなどはもはや朝どきのかすみのようです


 きみがいた給水塔の真下には壁面塗装用の足場ばかり


 雨がいま暗渠を走る・もういいよ・きみが話してくれていたから


 釘拾う日暮れの横断歩道にてすべてがうつくしいとおもうあまだれ


 なぜだろう・どうしてだろう・仮面売る男いつまでも素顔


 たったそれきりでわかれてしまったんだねきみはいくじなしだ


 まちがった回廊歩くでたらめな大人になったしまった罰に


 彎曲する水・沈黙する水・したたかにひとを攫って閉じ込める水


   *


 水充ちて聖者のいない門口にたったひとりのぼくを葬る


 かぜあかり水あかり差すいつかしらきみが化粧した雨あかりなど


 遠ざかるあこがればかり馬上にてひとりの男嚔止まない


 双子のような隣人ばかり立ちならぶ臨時政府の首都の祝祭


 まだ降らないでいてという傘にまぎれるかの女のつぶやき


 rain down, rain down on me/まだ生温かいきずぐちに添える手よ


 棲み家なく身を寄せ合って生きているような気分だ信号燈の茎


 長くみじかいあじさいの揺れ幅に雨が降っている6月17日のブルース


 きみを守るつもりじゃないけれど手を貸さないでくれひとりでやれる


 いつかまた会うだろうかとおもうとき指を展ばしてふれる前線


   *


 幾千の夜のかなたをちらばって花が降るのさ雨の季節は


 やがてぼくが告げるだろうきみたちがもう要らなくなったと


 ひろげれば両の手淋し地平線どこへ繋がれどもひとり


 花鋏忘れています・ひとのこといえないような顔で伝える


 あじさいが待っていました・さっきまで・生温かい6月の雨


 いつか灯りのように花がひらく・ためいきのような早さで


 おまえらの声など聴かない容赦なく毀してやろう濡れ縁を


 たまたま育ちがよかっただけでおれを見くびるな花を咥えて

 
 きのうのためにできることあればと願うも神はわれとともにおらず


 呼び声がする・遠い森のむこうから、なずきのなかをくすぐるだれか


   *


 子供抱きながら傘を差す一瞬のひらめきに口をあける子よ


 筆洗う花一輪を描くようにしてまだあかるい夕べの室


 駈けてゆく足あざやかに光り充ち水あかり発つびしょ濡れアリスちゃん


 みずたまりのむこうからうつむいて歩いて来るはさなえの亡霊


 夏の匂いするがらす戸のむこうへ歩く歩く水のかたまり


 ふりむいたときにはもういないきみによく似た花束のかげ


 与えることができず奪ってばかりいる・ぼくがきらいなの?


 かなしいとおもうひまなく降りだした夕べのかげに少年の声
  

 雲々のかげりにそっと問いかける梅雨入りまえのぼくのゆくえを


 あやめまだつぼみのままであるゆえにあきらめられないまた朝がある


   *


 そんなところに立っていつまで他者の声求むのかそんなものが欲しいのか


 ひみつきち滅びて遠くなるものを懐いだしてる・少年が走る


 ほどかれた靴紐みたく細長の柩のなかに収める両の手


 気づきもしなかった・ただだんだんと雨に侵されるウェスタン・シャツ


 地の果てにまほろば欲すきのうから猫がいないと声がするから


 魂しいのほとりに傘をたずさえて雨を待ってる永遠の仔


 ひとがみなかげを残して去っていく気づけばいまは人工降雨実験なり


 叢雨の降るはせつなに燃えあがる模型飛行機路上に融け


 夏湿り・汗いっぱいの胸を拭う・ひとときの冷たい余韻


 英雄不在のまま群時雨来てやがてぼくがきみを見つけるという論証


   *


 なごり雨河のむこうに見てひとりシメサバを買いに歩く、通りは夜ばかり


 麦秋のみどりのまひるそぞろ雨の遠きためらいばかりだあじさい


 踏む水のおもに浮かべる月だれか愛しいものをぼくにわけなさい


 不義をして遁れるばかり瑞雨たる水落ち暮れる無道なわが身


 ちかづいてみたいとおもう・かの女にはかの女にふさわしい雨男いるも


 黴雨来たる・ただそれだけでいいのだとつぶやいてみる傘をなくして


 取り残されてまだここにいるという意味を笑うみたいに通り雨過ぎる


 少年のような企みあればいい・枇杷の実が青く生っています


 いまはもうだめかも知れないとおもうたとえきみがあの町にいても


 告げるには遅いおもいのなかで拭うもの・たとえば薄い胸板の汗


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 透きとおるばかりだ・雨の跡を進む・ひとりぼっちの月の経験
 

 ながれるままにしていまだ会えないひとに贈る歌また歌詠む


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