ふたつのけつに降りた蠅 - みずから書き、みずから滅ぶってこと。

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電話

　レイの母親としばらく話をしたのはもう5日もまえだ
　やつはまだおれをうらんでるだろうかとおもう
　でも、どうだっていいこと
　やつもおれもろくなもんじゃないから
　ふたつのけつに悲しい蠅がとまって
　あじさいがゆれる、またゆれる
　その振れ幅にしぶく、
　雨がしぶく
　詩を
　おれは読まなくなった
　3ダースのウィルキンソンが
　からっぽのまま転がってる
　まだなにかしら書けることがあれば、そいつは余剰と空白でしかない
　たがいの腋を嘗め合うようなやり口はごめんだ、すべて拒絶する
　冷蔵庫もスーツケースもない室のなかで、
　エゼキエル書をひらいてみる
　49章の16節が気に入った
　それは存在しない
　いま可能なものは過古と再会すること、すでに知ってるものを手に入れること、
　新鮮さはどこにもない、どれもが人生から遠ざける
　せいぜいのところ、短い慰みにしかならない
　レイと最後に交わしたのは携帯電話のショートメッセージで、
　おれは「対等に話がしたいんだ」といい、
　やつは「生活保護者と対等なわけがないだろう」とやり返した
　それから5年経っておれは手紙を書いたんだ
　やつのためにでなく、おれのために
　生きてるあいだに成し遂げたい、
　多くの飢えた裸体のうえで、
　帝国を築くこと
　ボルネアの星
　借金を返そうと何週間もオートミールで喰いつなぐ
　そして雨がしぶく、
　雨がしぶく
　おれは詩を書かなくなった
　なにが写真かわからないように
　なにが鉢植えかもわからなくなったんだ
　男が両の手いっぱいで鮭をかかげる
　愛する女たちはもういない
　丘のうえの窓に閉じこもって、
　ひとびとの愉しみを嘲る
　聖域はない
　臥所はない
　隠れ家もない
　愛もなく、
　弱さだけが暴露されつづけ、
　中核都市の路上をさ迷う
　必要なのは共犯者、
　もしくは心の淋しい狩人か
　ペパーミント・チョコレート、
　レコード・プレイヤー、
　レーシング・フォーム、
　そしてシー・サイド・シティ、
　なにもかもいけすかないね
　なぜならみんなおれの詩みたいで、
　なぜならみんな余剰と空白みたいで、
　それでもともかくおれは電話をかけては切って、
　沐浴する　
　神とともに祈り、願うことはしない
　たったひとりであじさいに突っ込んで、
　明けても暮れても、
　ちがう顔を
　探しつづける　
　これからも
　ずっと、
　靴下に孔があく

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水門（あるいは賞レース）

　あらゆるひとびとのなかでもっともうら寂しい部分を持ちだして、
　ローズマリーの肥料にしたいからといって、
　かの女が3階から飛び降りたのは、
　10月のたそがれ
　なにがどうってわけでもないけど、そんなことを懐いだす
　パンピーどもも、業界のやつらも、そろって消えちまえ
　できそこないのなづきで、なにもかもをとりちがえ、
　じぶんの弱さに耐えきれなくなってる
　すでにできあがった世界には
　迎合したくない
　和解もしたくない
　だからぼくは詩人になれない
　オートバイを分解してる地階の中年男、
　その隣は洋書の店
　もうずっとシャッターが降りたまんまで、
　あそこで買ったカーヴァーの「炎」も、
　チャンドラーの「長いお別れ」も、
　ぼくはひらいてない
　なにも学習しようとしないまま大人になり、
　そして老いていくばかり
　もはやだれとも手を繋げない
　やがてかの女はなにかに混じった異物みたいに路上から、
　はるばる遺体安置所に送られるだろう
　あまりにも冴えないとき
　水門まで歩き、
　配電盤をあける
　そこにはいまだ読む価値が、
　救いのあるものが、
　書かれてある
　賞レースからぼくは降りた
　たったふたつかみっつ入選して
　忘れられていくだけのために
　ぼくは書いてるんじゃない
　ガス料金を払わなくちゃ、
　3月分が未納のまま
　やがて世界の正午に焼き尽くされて、
　炊きだしの列に加わるまえに
　きみらに幸運を
　そして、
　ほっといってくれ。