みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

ぼくの足は冷え切ってる(今月の歌篇)

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    *


 みずからを蔑してばかり遠ざかる町がらすのなかのかのひと


 ためらいもなくてぼくは呼びかける朱雀の翔る春の前触れ


 鯨雲ひととき首垂れながら髪掻き毟る淡い午后の陽


 月影のまたも滴る零時過ぎスケートボード横転する


 わるぎのないいたずらなまなざしにさ迷うときの横顔をおもう


 さきひらく花の茎ただ散りぢりに手のひらのうえ死ぬる真午は


 きみがまだ花びらだったころをいまおもいだします春の前触れ


 聞き返してもおなじことだとぼくはいうぼくのなかのぼくが


 莟さえなくてうちへと帰りたいそんな幼い時分のかたおもい


 手のひらで物語るようなかのひとの銀河のなかに愛はなかった


    *

 
 ひとつでもいいからとすがりつく火ぶくれた指の愛もある


 かたおもいだけがほんとの愛なんだ・そうおもった運河のむこう 


 バナナ積む港湾業務・海はまだ春に馴染んでいないよう


 黒死病患者のごとく嘴をかぜにさからいあげるからすは


 いいかげんにしてくれよただまっすぐに港湾までの距離を測れず


 夜の鱈捌かれながらいまいちど漁り火に乾いたまなこ見ひらく


 しんしんしん、町を踏みしめながら肺透きとおるまで走る暁 


 繋留船よりコンテナ降ろされるぼくのうちがわを嘗めるように


 いまもまだ裸で泣いているのかなどこかの遠いきみの魂しい

 
 そばにいることなんかできもしないのにただもういちどだけ花に触れる


    *


 それがぜんぶだったんでしょうか、からっぽの郵便受けに水


 いままでがいままで色のないものばかりに充たされている


 暗がりにもういちど入りたくおもうのは銀塩写真のせいか


 ときとてときのなかのたくらみにあらがえないのがかわいい


 愛すらも懐かしむのみつかのまの人生という盤面の疵


 燐寸燃え尽きるまでの対話・星の陸できみとやりたい


 かげぼうし・消しゴム・駄菓子・望遠鏡・悲しい祈りとともに存って


 忘れられたひとびとたちとゆっくり同化する銅貨みたいな鈍い輝き


 懐いだせずにいるなぜ懐いだそいうとするのかもわからない


 ひとりきりになれば海が目醒めるといわれ毛布のなかで立ちあがってみる


    *


 淡いあわい誓いをしていつまでもだまされていたいといういちにち


 流し雛が澱みのなかでほほえんでいるなにかが芽吹きはじめたからか


 いずれには忘れてしまうことだろうきみの輝かしい断片


 あたりまえなふりをして困らせるぼくというのがわからず


 夫になりそこね父にもなりそこね春の曲も識らずに眠る河床


 寂寞のなかをさ迷うひとでいいと漠たるおもいのなかのためらい


 運命といえばそれだけで済むようで雀らの諧謔曲スケルツォ)を聴いています

 
 いくえなりと重なるおもかげのなか、もはやきみをおもうこともなく過ぎ去る


 通行止めのバーがたがいを遠ざける花のかげなどない公園通り


 日だまりのなかでむずがっていたいたとえ花の名を忘れても
 

    *

 
 かえりみることもなくずっと穢している手のなかのなにかを


 たったいま愉楽を知らずうたたねる港の杭にとどまれる鳥


 むこう疵かばいながら窓いっぱいに映るぼくのおもづら


 羊の眼・まぶちのなかにかさなっておもい果てるかの女のことなど


 それがいつまでもくりかえされる花に充たされた死地のうたごえ


 神殺す、それでも清しいきみとゆく終わりの始め夢見てやまず


 草のような花のようなまぶたのうえになびくものに手をふる


 砂漠する雨季するビルするガラスする感情ですら鱗に変わる


 いたずらにさみしいともいえず熟れる芽のなかにそっと手をやる


 小さな花きいろい花が咲きましたら惜しみなく千切れ惜しみなく奪え


    *


 おとこうたうたうきみのかげむこう光りのない街灯がつづく


 魚影のしろきひざかりに波はみなまるで飴細工


 眼つむれば猫になりぬるふた玉の消息不明にとまどうわれは


 はるがすみ花粉にまみれ立つ運河そのむこうにもうひとりのわれ


 ずぶぬれていこうか犬の心臓のような港湾都市を求めて


 飛んでいく雲や雨やらぼくらもさよならさつき通り3番地

 
 いたずらに春がちかいからかもっともらしいことをいいたい


 わがかつて片恋につい立ちどまる来たり得なかった幸福のせいで


 水吃る排水の管ねじれねじれてやがて地下のうたごえ


 両の手を埋めて冬の果てを識るもてないおとこたちのうた


    *


 銀鈍るうすくらがりよたたずめばすべてを遠く見做すまなざし


 かならずやむかえにいくと告げしままいくども暮れる犬の地平


 ひとがまたぼくに質問するなぜか答えたくないポーの表紙絵


 悲しけれ日乾しの花やぶれたビニールにならべられてる


 羞ぢのかげりを曝してもはや手を繋ぐだれもいない・悔やむな


 休神は夜に憑かれたおれの眼が星の明きに目醒めるときだ


 他者たらずことば足らずに首垂れ花らしきものなにもわからず


 なにかも通りぬけてはふたたびもなくまだそんなに暗いところばかり歩く


 道連れが欲しい・ためらい・ユリリウス・でもあしたぼくは会わない


 頼むから呼ばないままでいて欲しいぼくの足は冷え切ってる


    *


 たとえばまだきみを知りたいとおもう朝あり懐かしくなる


 望むもの多すぎてひとつも叶わず古時計の埃を見つむ


 このほうがずっといいね花曇る鉄路のそばできみを演じる


 口腔の血の匂いずっとまえから流れていたような気がして


 葬れるおれという記号、発信源に草があおあお


 いずれにも首をふるまいやさしさはまぎれていかん冬の終わりを


 らしさなどなくてただひとりの男として草地のぎりぎりに立つ


 かつては最愛だったものらしくおそれつつ横目をやるばかり


 澱むままにして遠からずきみのおもかげなどいやにゆがんでる


 春ちかきわが棟をわが梁を夢の空き地に建てる夢見る


    *