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ときとしてきみのなまえを口遊む葡萄の果肉干乾びるなか
汗の染む放浪詩篇かのひとの跡へむかってうち棄てたりし
屠らるる敗馬のうちの光りたれまなこの奥の少年のぼく
唇に注がれたりぬ午后の陽のまれなる色のきみのまなざし
立ちどまる猫や光りの一滴を夜のうちなるやさしさにして
帰る場所なくありたった一篇の放浪詩篇の化身たり得ん
ぼくにいまできるのはただ心臓のような鞄を棄てていくこと
凍てる星ひろげる両手天体を抱きしめんとす子供らの夜
神を説くひとのかげあり遡るきみの知らない男の降臨
弟というまぼろしや燃え尽きし燐寸はなんの証しにもならず
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地平にて葡萄怒れり鍬初めの男ひとり撃ち抜かれたり
左折して花いっぱいのあばら家の果てに斃るる津波黒の雛
少女らの五月過ぎつつ雨に咲く傘の群生する風景画
去ってしまったかれらかの女らのことを記号に変えてばらまく夜
午睡する男のなかに現れて汽笛を鳴らす夜の船影
いもうとの睡れるときのつかのまに胡桃をわるる母の手ありぬ
昏れる斧──書物のごとく裂きひらく金色の根よ目醒め給えよ
桶水の光り充ちたる五月の陽文脈以前の自然をおもう
神という不在のためにみずからを懶惰のなかに閉じる聖人
売られたる更地やがてひるがえし飛び立つわれの大鴉かな
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戦争の立役者たり旅をする世界金融人の夏
雲果つる夜の頭上に閃いてきみの指までつづく天体
札遊びせし子供らの失踪をやがて忘れて飛ぶ聖家族
血のなかの父系の毒を保ちつつぼくは自身を受け入れるのみ
きみがまだきみでなかったころはまだぼくがどこにもいなかったとき
無人なる夜のサービスエリアにて子供の靴を見つけるわれは
みずからの名すらも忘れ立ちどまる給水塔のうえの旅人
カーロスの詩集をひらくバスがいま無人のままに夜を跨いだ
果てる旅ゆっくりぼくはみずからを識る、そして告げるのは闇
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