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三日月ややなぎのかげに眠る子のひたいの白き照らすばかりか
外套のボタン喪う日も暮れるいったいぼくがなにをしたんだ
砂糖菓子降る町ありや陸橋を過ぐときにふと考えている
いっぽんの藁もて聖火灯す納屋少女のひとり死するぬばたま
干割れたる道の果てに蟻歩く北半球の地図を抱えて
冬ざくらわずかに咲くは生田川並木のなかにひとり見つける
呼び声を聞いたみたいな気がしてる立ちあがれないぬかるみのなか
蝶果つる国の静けさいちまいの失踪宣告受けとる真午
時も凪ぐ夜更けの海を眺めやる一人称を棄て去りながら
汽笛聴くゆうぐれどきのゆうじんのおもかげぼくはひとり浮かべる
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地上にて生きるせつなをひとりづつ食み黒葡萄の眠りうたあり
夢という化石のなかに秘められてアンモナイトの触角を嚼む
蒸発という語をひとり羨みき青年の日や夜の追憶
ひと知れず生きたいなどとおもいたる広告塔の焼け落ちるなか
野ざらしのかげ水門のうえにたち翅を平めて冬陽待つ
なまえすら棄てられるなら三畳の女郎部屋にてかすみを見たい
博労の報いのなきよ散らばれるはずれ馬券も枯れ葉の道
素裸のままに厩の主となる仔牛の胸に暖を取りつつ
みずからを羞しくなる、詩心も果てるノートの暗黒
灯しては病後のわれを蔑すのみ夜間巡回の看護婦の脚
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プラスチックの月面を見下ろすひとりのみこれが現実だったらいいと呟く
英雄にならざれしまま時雨なる道の真中に立って歩けず
大鳥の来る日かならずわれさえも救われるべきと日記に書けり
救いなどありはしないと零れおるコップの水をしばし眺むる
どこにさえ落ち着けずただ冬を歩む水茎のように頼りないこと
待つひともなくまま存りぬ新年よ見えぬ河にて花曇りかな
魚石に半月宿る階を降りるものみな斃れてしまえ
告白の虚構性にて成るものを買いためて自己という旅
郷愁に隷属しまい、与しまい、からすの群れに石を投じる
飛ぶ祐子、目醒めのあとの一杯に夢見みしわれのアラベスクかな
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物語はみな死にて終わりぬものぐさなフライパンにて鰯をあける
そしてみな自由あれと願いてもまだ腥きわれの水槽
葬るという辞に節を折る虫のいじましいほどの歓び
だれひとりたずねるひともなきがまま遁生したくおもうせつなよ
古帽のなかにて眠るる猫いまだ勝ち得ぬことを慰みしかな
滅びたる地平よ夜の訪れて消えていったがぼくの過古たち
冬衣──ひらめく彼方法悦を悟るふりして眠るひとかげ
うつろなるギターのなかを飛び落ちて死す冬蝶の翅の浅黄
銀色の夢に変わったあこがれのあまねくところ潰えるぼくよ
ひめるものもはやなきゆえ莨火のいちばん昏い色を散らせよ
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