みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

からたちの花


                               ユウコのために


 ユウコ、かつてのぼくはきみが好きだった
 ぼくがきみを好きになったのはたぶん、
 きみの気怠さやつらそうなまなざしがぼくの、
 ぼくの琴線に触れてやまなかったからだって
 有馬高等学校定時制課程の教室を懐いださせる
 緑色の上着に白いシャツが眩しいきみの
 うつむきが情報処理室の机に見えるとき
 ぼくはずっときみをうしろから見ていたんだもの、
 それは当然のことさ
 いまならもっと素直になれたものを
 それは鰥夫の悲しさゆえの過ちにすぎないのか
 不良たちにからまれ、やくざの情婦に脅迫されながらも、
 ぼくは懸命するぎるほど学校生活に耐えていた
 ボルネアの奥地に佇むカーゴ・カルトや、
 あのヴェトナムでのカーツ大佐のように耐えていた
 きっと核戦争はとうに過ぎ去って
 残されたのは桔梗の花
 当惑と錯誤のなかで
 きみの存在だけがぼくのなかでずっと大きくなりつづけていた
 あるときはバスケットの試合でぼくはなにもかも放棄して
 体育館に突っ立っていた
 きみはぼくをからかったね
 すごく怒りに燃えた
 でも、
 ぼくはきみを憎むことなんかできなかった
 ずっと忘れていた、とても大きな感情が
 ぼくのなかで拮抗し始めたんだ
 あるときぼくは知った、きみがフリースクール出身だって、
 きみもぼくとおなじく虐めを受けていたって
 きみは10年も年上の男とつきあい、
 まわりを子供だといっていたね
 ぼくはそいつを聴いて
 たまらなくなった
 斑鳩のように飛んでしまうなにかがぼくのなかで芽吹き、
 梨の木のように落雷とともにして深夜の庭で、
 裂きひらかれてしまいました
 枳はひどく甘い匂いがする
 ぼくはその匂いがきらいなんだ!
 なんだってきみに惹かれなくていけないんだ!
 倒木のまわりを這いずり地栗鼠のような、
 滑稽な仕草がぼくの心を掠めとって、
 あたかもぼくが罪深いなにかのようにして、
 天神の丘に嬲られた救いがたい孤立者を投影しつづける
 ぼくはきみの友だちのチエミとばかり話をしていた
 なんとかしてきみに繋がることを期待していた
 すっかり溶暗した舞台のそでで、
 ぼくはきみに出会えるときを
 空想していた
 でもきみはコンドウなんていうでぶの誘いで、
 一緒に下校してしまった、って、
 なんと芽毟り仔撃ちか! 
 2年にあがって
 きみはヤンキーどもに感化されたのか、
 ばかげた赤いパーカーを着て、
 髪を染めてしまった
 そしてぼくは酒を呑むようになった
 疎外感のなかでなにもかもがうとましくてならず、 
 あるときみんなのまえでウィスキーを喇叭呑みした
 それがばれてぼくは停学を喰らい、
 反省文を書いてた
 不意に入って来たきみたちに戦く
 字、
 きれいだねとチエミがいい、
 もうわるいことしたらだめだよって
 ユウコはいったんだ
 でもぼくはやめられずに
 落第してしまった
 長い羞恥のなか、
 きみはいった、
 ナカタくん、さっき坂道歩いてたねと笑う
 ぼくらはまた話すようになった
 ある夜、三田ボウルの地階にあった、
 古買屋でベン・フォールズ・ファイブを見ていたら、
 きみが話しかけてくれた
 仕事なら紹介するって
 いわれたけれど、
 きみの評判を穢すかも知れないって、
 けっきょく頼まなかった
 修学旅行でディズニーランドへいったとき、
 きみにせがまれて縫いぐるみを買った
 嬉しくてうれしくてしかたがなかったんだよ
 眠り顔の熊の縫いぐるみ、
 もはやきみは持っていないだろうけどね
 生活体験発表できみが作文を読んだとき、
 ぼくはべつの場所にいた
 翌る日、きみの作文が読みたいってぼくはいったけれど、
 きみはぜったいに読ませないって笑いながらかぶりをふった
 とってもかわいかったよ
 きみはどっかの制服を来て、
 それを笑うぼくに膝蹴りをしたっけ
 きみの仕草やふるまいがどれほどぼくを高ぶらせたかなんて、
 とてもじゃないけど語ることはできない
 卒業生を送る会でだった、
 ぼくは山田先生のお膳立てで、
 「魔王」を読んだ、
 滝廉太郎の「憾」をバックにして読んだ、
 ジャズ・バー「♪」の宣伝もやった
 だれかが笑った
 でもきみはふりむいてくれなかった
 そのままやがて卒業になって
 なにもかもが溶暗していくなか、
 たったひとりでぼくは苦い風土に耐えながら、
 きみのことばかり考えていたのだから
 いまならいえるよ、
 きみのことが好きだったって
 でもきみがどこでどうしてるのかもわからない
 チエミとは卒業後にいちどだけ会った
 歩道橋のうえで
 そのころぼくはひどく太ってしまい、
 それをかの女に指摘されて
 うろたえながら雨のなかを歩き、
 やがて夜の神聖さに躓いて、
 なにもかもがまったく、
 くだらないと嘯きながら、
 きみに会えないのを呪った
 1年まえ、ぼくは三田にいった
 先輩のやってる喫茶店にいったけど、
 もう店は閉じていた
 もしかしたらきみの消息がわかるかも知れないって
 おもったんだけど、だめだった
 できたら今年の冬、もういちど挑んでみるさ
 襟をゆらしながらきみの町までバスに乗って、

 たったいちどでいいからきみに告げたい
 あまねくものが過去形を執っても、ぼくはここでそのときを待っている
 さよなら、ユウコ
 いつか会えたらいい
 さよなら、かつてのぼくよ
 いつまでもそこに立っているがいいさ
 枳の花のなかで拡散していくおもい、すべて解き明かされるまえに、
 ぼく自身がすべてを解きほぐしてあげるから、待っていて!