みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

「土のなかのぼく、土のなかのまぼろし(仮題)」没歌篇2018

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過日、森忠明先生へ二篇の短歌を送ったのだが一偏ぜんぶ没になってしまった。というわけでこの行き場のない歌をここに残しておこう。

 

「土のなかのぼく、土のなかのまぼろし(仮題)」──短歌研究新人賞のための歌篇


 わが帰途を見失えりただひとりゆくなら黄葉の化身とともにして

 無神論者のなみだもまた輝くときよ望むの果にても狂おしく立たんか

 きみがための柩をば夢見んたとえば釘を打つひとを見ばや

 こんばんは好きな選手はだれですか夜の林を過ぎるあなたよ

 真夏の死たとえばぼくの万華鏡いつもみたいにきみが視えない

 けものすらやさしい夜よみずからを苛みながらも果実は青く

 森番のひとりのかげを手斧もてわかちつつある狩人のぼく

 まだ解けぬ方程式も夕暮れてきみのなまえのなかに眠れる
 
 いまぼくが在るのを懼れ冬の野に怒れる犬を置き去りにする

 階しの半分にただ腰かける人生というときのうたたね

 ぼくを蔑するゆかこのまなざし遠ざかり駅舎にはただ季節あかるむ

 失える、忘れてしまう、おもいすら、たとえばゆかこの夢を見たあと

 遠ざかるはつ恋よいずれ老いたれんぼくとゆかこを忘れたましめ

 死するべし四度めの逢瀬はつ恋は枯れながら立ついっぽんの枇杷
 
 桶水に両の手浸しながらただ眠りのなかのかの女をおもう

 眠る冬知らない土地をふかぶかと踏み歩みゆくような犬のまなざし

 去るだろう 兄の帆影にうかべたる妹たちの死に顔なぞも

 弟の愛する枇杷の木のひとつ父に伐られて憎しみを充つ

 三鬼全句集くすねてもなお愛せずや冬の朝にかわらけを撃てり

 みずからを斬る妹のよこがおに兄として布ふるわれ


 父の死を望みつつありサーカスのからす女をいつわりに愛す

 眠れねむれ牧神のうちなるおまえ醒めきらぬ悪夢のままのぼくを慰め

 神殺むるときを経ながらもぼくはまだ夕餉の支度できていません

 ぼくのあたまのなかに立つ熊よあなたに出会えないのが悲しい

 鴎らの問いを静かに聴きながら波の答えに飛び込む隣人

 帰途ひとつ失わばわれも淋しいぬばたまのかげひとつ

 愚かしきわが家の家訓声のなきものには轡ささんか父や

 ひとの子に生まれしゆえかかたわらにだれもういない時雨はさみしい

 うかつにも素直になれずいっぽんのきみの麦さえ手折るセツナめ

 指切りのつもりもあらずちぎりという一語のなかに解かれる夕べ

 亡き妹のあらわれる夜よ蔓草にまぎれる壁のあかるさばかり

 さかあがる星月淋しむくいとは幼きうちに死を悟ること

 かげろうがぼくを慰む肉親というなまぐさきもの葬りながら

 漁火をたったひとりの友と云い海路の果ての幸福求む

 母はぼくのベゴニアの葉もはや寄り添うときもなかりき

 若髭につつまれながらぼくという一人称と暮れなずむ森

 春の曲待ちわびてなお遠きかな兜太の句集わが胸にあり

 けぶれるような胸持つ男青春というものをあらかじめ失いたり

 なりたいとおもうは石よ英明の詩句のわずかを土に書きたり

 かつてわがものたりしはつ恋のゆかこをぼくは苛むばかり

 精通ののちなる恋よはぢらいは晩生という駅に連れ去るる
 
 麦畑のうちなる誘い墓場にて見知らぬ友のふたつの乳房あるのみ

 19 にて果てし同級生のおもざしよかの女の声すら知らないぼくは

 弟のぼくに似る河──魚影は屠られるものの愛らしさがあって

 恋いというもののいかがわしさばかりはるか弥生の光りに滅びつつあり

 ことば失えりかの女のうしろかげあかるく光りおり

 どういうこともなかれど声を断つ回転木馬の馬たち

 トラビスという役名の男死すテキサスの野に枯るる花弁

 冬の夜に五月の詩を読みたれば寺山修司の光背を見なん

 おれのための墓標なきまま暮れなずむ真昼のきみの両手あかるく

 天唇という一語のために滅びたし黄砂のなかのゆかこを見ばや

 飛べるよというたびに屋上にてうろたえるレインコートのきみ

 またふたたび去ってしまう姉よわがうちにある荒れ野に眠れ

 陸──長い休息のときを戦士みたいに過ぎてまだ戦えぬ兄との邂逅を忌む

 父殺しなれないだろう冬陽には大いなる蠅の凍えるさま

 追い放たれるぼくよゆかこの幻よ土の匂いにうつぶせになれ

 死そのほか注釈なしに忘れたき少女のレインコートにうっとりと過ぐ

 

 

寺山修司未発表歌集 月蝕書簡

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古今和歌集 (岩波文庫)

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