みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

長い坑

 


 おれときみが理解し得ないところでずっと坑を掘ってる
 他者とはわかり合えないものの、集合体
 靴篦を忘れる、調理器を抛る
 だれとも共有されない時間だけが増え、
 そのあいまにだれかの声を聴きたくなる
 けれどなにも通って来ない壁があるだけで
 きっとそれは仕舞われたまんまの五月人形みたいなものだ
 雨季は過ぎた、だれよりも早く立ち去っていき、
 ツルハシの重さが、なんとなく手に余るころ、
 黄色い室が改装され、ひとが死ぬ
 おもいはぐれた群れのなかで、
 たったひとりでいることに厭き、
 それでも、だれにも手を繋いでもらえないとき、
 子供みたいに叫ぶんだ
 「ぼくを見棄てないで、
  ぼくをおきざりにしないで」と
 そうはいっても、おれたちはひとりでに生き、そしてくたばる
 カナリアの啼くところにはたどり着けそうにはない
 ジェーン・バーキンが唄う
 井上陽水のカヴァーを
 たぶん、いくらか幻惑を与えてくれる存在を頼って、
 みずからの弱さを幾度も露出する変態野郎さ
 物語のキー・ポイントで蘇る過古、
 そして通り過ぎたはずのひとが、
 いまでもここにいて、おれを見下ろしてるという仮説、
 固有名詞が融解するだろう、地点に於いていまは、
 けっきょくのなりゆきできみを見限って、
 価値の転倒を謀るしか、
 ルサンチマンの処理法がわからないでいる
 どうして、
 マルクスよりもマルクスらしく、
 どうして、
 サルトルよりもサルトルらしいきみ
 おれのなかで蒸留された嫉みのなかにまだ
 きみを愛したいというおもいがいまだに残ってるのはなぜだ?

 

長電話

 


 アルベール、おまえは酒の呑みすぎだってきみはいった
 おれはアルベールなんかじゃないって、ぼくは返した
 受話器のむこうから、きみの恋人の声がしてた
 かの女は怒ってた、――長電話、やめて!
 でも、ぼくもきみもたっぷり2時間は喋った
 喋って、喋って、喋りまくった
 どうしたものか、ことばの切れ目が見つからない
 きみが語るジャズ、そして映画
 おれが話す、文学についてのたわごと
 リー・マーヴィンアダム・ドライバー
 マックス・ローチとリチャード・ウェイト
 レオス・カラックス中平康
 いつのまに電話は切れて
 ぼくはまったくひとりになる
 なんだかぜんぶが恥ずかしい気分で
 台所に立って、水を入れ、手を洗う
 アルベールはきみだ
 泥濘の道でいつまでも
 手をふってるのはきみだよ、アルベール
 ぼくは腹ばいになってアルコール中毒についての本を読んだ
 窃盗症についての本を読んだ
 いままでじぶんがやってきたことの業深さや、
 繁みのなかでたったいま芽吹いたつぼみのような事実について、
 じぶんなりに考察が必要におもえたし、
 そろそろじぶんを実測する気持ちが湧いてきたからだった
 深夜までたっぷり、おのれを苛んだあと、
 またしても電話が鳴った
 アルベール?――ぼくがいう
 アルベール――きみが答える
 あした、河原まで歩くよ、
 きみがいった
 リャマに気をつけろとぼくはいった
 もしも、ときみは切りだす
 いま、ここにスコッチがあるんだけど、
 いまから持っていったら怒る?
 いいや、とぼく
 でも、とぼく
 たぶん、きみのことをなによりも軽蔑して、
 あの長い失業時代よりも惨めなところに
 追いやってしまうだろうな
 きみは笑って、切ってしまった
 夜が朝になるまえに
 ぼくは横たわり、
 自身の実態に失望しながら、
 緑から金色へと変身する夢を見てた。

失われた詩篇たち

 


 ぼくというぼくは幾年もさ迷いつづけてきた
 20から27までのあいだ、どれだけ多くの場所にぶっついてきたものか
 口入れ屋と、飯場、病院、施設、どんな場所でも書くことを手放さなかった
 26のとき、恩師を怒らせて、かれはそれまで送ったぼくの詩篇をすべて焼いてしまった
 そのいっぽうでぼくはHDDの故障でデータを失い、さらには投稿サイトのアカウントまで消してしまった
 いまでもときどき、失った詩について懐いだすときがある
 「さらば青春」
 「ぼくの墓」
 「あさり」
 「雪のてっぽう」
 「揺蕩うとき」
 「風や、風や、風やら、」
 「少女と旅」
 「われら走者」
 「死とうそ」
 「詩と詩人について」
 「青年」
 そして「故リチャード氏の埋葬に関する余興」
 いろんなことがあった
 怒りっぽく、気まぐれで、子供のように過ごした、27から33までの年月
 さまざまなひとに攻撃を仕掛け、蹴散らし、面罵した夜
 たしかなものなど、なにひとつない、花曇りのプラットホームで、
 終日、呪詛を垂れ、自身を呪い、蔑んでた
 一頭のアルパカが貨物列車に飛び込んで、
 なにもかもが終わってしまう映画みたいに失われた詩篇たちが、
 四肢断裂して花みたいに散らばってるよ
 

舞台

 


 牧人みたいなおもざしをして、
 きみが藪のなかへ去ってしまうとき
 おれはかつてのことをおもいだす
 豊岡の竹野で大衆演劇の一座にいたことを
 読売テレビのディレクターがおれを演出してたこととか
 どうだっていいことを考え、本質から逃れようとするおもい
 役者たちにあるのは脂身と、ギャンブルだけ
 粗野な男たちと野卑な女たち
 だせえジャージーを着て、楽屋をうろつく
 おれはおもった、――こいつはいけ好かない
 やがて一座は静岡へ
 小汚い宿で
 夜通し荷物を運んだ
 坑のあいた床、見棄てられたバー・カウンター
 そしてなんの見所もない土地とか
 ディレクターは土足禁止をやぶって、
 カーペットのうえを歩く
 そして芝居が始まる
 おれはやつのいうように派遣切りとか、いったんだ
 実際はただただ道に零れ、職にあぶれただけというのに
 ある夜、おれはやめた
 座長に撲られた
 易怒性に煽られながら、
 過古にむかって思考して、
 アルコールのなかで、人生の地平が暮れてゆく
 虹鱒を逃がせ、
 虹鱒を逃がせ、
 おれはおれという劇物を高めてしまってた
 やがてなにもかもが遠くになって、
 おれはおれの毒から解き放たれたのを知った
 いまではかつてのように怒りをもってふりかえることもない
 きみがほんとうのおれを知ったら、いったいどうおもうだろうか
 ところで、おれの人生にはどうしたものか、ヒロインがいない。

 

ブリキのペニス

 

 かつて解剖学のはじめから
 積年に至る人類の幻想
 ペニスを持ってるからといって男とは限らない
 ペニスを持ってるからといって男とは限らない
 ペニスがないからといって女とは限らない

 かたときも手放せなかった天使のようなもの
 そんなものの在処をきみが知ってたとしたら?
 たった一度でさえも裏切りががまんならないときに
 愛するものが存在しないと気づかされる、ああ、そうだ
 ペニスを持ってるからといって男とは限らない
 ペニスを持ってるからといって男とは限らない
 ペニスがないからといって女とは限らない

 かつて経済学のはじめから
 積年に及ぶ人類の欺瞞
 ペニスを持ってるからといって男とは限らない
 ペニスを持ってるからといって男とは限らない
 ペニスがないからといって女とは限らない
 ペニスを持ったかの女が男だとはいえない

 やがて浴室をでて
 きみはおれに目もくれず
 ローブをかけて食卓へいく
 そのときおれのなかでなにかが弾け飛んだ
 だれだったかはわからない
 ふるい映画のような貌が
 眼前に現れる
 そしてそれがじぶんだってことに
 不本意ながら気づくことになるんだって、ああ、そうだ
 ペニスを持ってるからといって男とは限らない
 ペニスを持ってるからといって男とは限らない
 ペニスがないからといって女とは限らない

  ブリキのペニスよ、
  おれの下半身に勃起しろ
  ブリキのペニスよ、
  バスキアのように勃起しろ
  ブリキのペニスよ、
  女々しく泣いた夜を嗤え