みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

それがなんであれ

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 それがなんであれ、いまは掴むしかない
 あした港湾業務が終わっておれはたったひとりの職探し
 なにものかになれるのなら、もうなんだっていいとおもったりする
 でもいまさらたどり着けるのは中古るの一脚
 薄汚れた席のうえでぼくは沈黙するんだ、
 きっと、そうなんだ
 それでもキンタンよりはマシだろう
 バナナの凾をひたすら降ろして、
 ビニールを切る
 パレットに3段3段2段で乗せる
 腕も足もつらくなって
 終いにはなにも考えられなくなる
 もうそんな仕事はいやなんだ
 おれが求める仕事は医薬品の倉庫、
 空調の効いた室できれいな凾を扱い、
 バーコードを貼ってレーンに流すことだ
 でも、そんな仕事はこの町にはあまりない
 どれほどのことだろう?
 なにものかになれるっていうことは
 まさか豚の皿を高くかかげて、
 バレエに興じることではなかろう
 少なくともおれが望んでるものじゃない
 おれは小説家になりたかった
 画家になりたかった
 写真家にも、
 SSWにも、
 ぜんぶがぜんぶ半端なまま終わり、
 やがておれよりも遅れてきた青年たちが、
 それらをすんなり手に入れていく
 おそらくおれはずっと、
 冴えない文学の玉袋を抱えて、
 うぬぼれとともに老いていくんだ
 浴室のボイラーが故障して
 水を浴びた
 隣室には業者たちが入り、
 かつての入居者の後始末をしてる
 激しい雨がいつのまにかやんだ
 それがなんであれ、いまは掴むしかない
 おれはおれの本棚から、いままで読まなかった本を掴み、
 それを種本にして生きていこう、とにかくいまはと、おもってる

This is Not a Loveletter pt.02

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 去年の夏、ぼくは酔いどれながら電車とバスで、
 キタロッコー台までいった
 それから昔かよった床屋で死んだ女将さんについて話した
 かの女はもうずっとむかしに列車事故で死んでしまい、
 あのころは息子である、いまの主人がテレビにでることがしばしばあった
 ぼくは憶えてるかぎりを話した
 それから今度は小学校を訪ねた 
 そしてぼくのきらいだった教師が数年まえに死んだのを知った
 それからぼくは学校の裏手のせまい路次を歩き、
 インターフォンを押した
 声の主はかの女の祖母だった、
 あやまりたいことがある──とぼくはいった
 あの子はいません──と声はいった
 そして切られた
 ぼくは熱くなって、
 呶鳴った
 芝居がかったたわごとを嘔いた
 いまとなってはそれがなにを意味してたのかもわからない
 やがて近所の男が苦情をいった
 うるさい!──ぼくはやり返した
 それもいまとなっては忘れてしまってる 
 警官たちは早かった
 ぼくはそのまま連行され、
 ニシノミヤ署へいった
 ながい時間、尋問されたわけじゃない
 家に送ってもらうまでに時間がかかったんだ
 ぼくはストーカーといわれ、
 今後いっさいキタロッコー台にはいかないといわされた
 ぼくはどうしてかの女の家になんかいってしまったんだろう?
 もはや、なにもかも終わってるというのに
 ぼくは警官にいった、
 かの女にいじめられてたと、
 そして謝ってほしかったと
 これは事実じゃない
 ぼくがかの女に謝りたかったんだ
 ぼくがかの女を好きだったということを
 けっきょく、そんなものは愛じゃない、恋ですらもない
 せめて、ぼくのなかの水路をすっかり変えてしまうような夜が来ればいいのに

 

なまえ

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 名づけられたものにできるのはなまえを奪うことだけ
 名づけられなかったものにできるのはなまえを与えることだけ
 他者のなまえを上着にしてぼくが町を歩くのは
 遠い6月の朝から10月のたそがれ
 なにがただしく、
 なにがまちがいなのかもわからないなかで
 ぼくはぼくの徳義を持とうとしてる
 いま傘がひらいた
 そこに存るということが瞬く
 だれかが生きながら歩いてるってだけで、
 なんだかめまいがしそうだ
 それほどにぼくは他者に飢えているから
 左の手には灌木、
 右の手には山麓バイパスが見える
 ほんとうにぼくはこの土地に帰ってきたんだ
 やがて上着を棄てて、ぼくはだれかに着せてやる
 みじかい沈黙のなかで埃っぽい声が礼をいう
 そしてぼくの肉体が驟雨する秋の日のあしたまで
 ゆっくりと立ちあがりはじめたひとびとを
 逆走してやまない一箇の、
 たしかでうつろな流儀とともに
 走りだす
 暗渠よ
 名づけられたものにできるのはなまえを奪うことだけ
 名づけられなかったものにできるのはなまえを与えることだけ
 他者のなまえを上着にしてぼくが町を歩くのは
 かれらかの女らとふたたび会うためだ
 でも過古にむかって歩くことはできない
 過古にむかって思考してもなにもならない
 じぶんだけが取り残され、
 なにもかも奪われたという誤解のなかで立ちすくみ、
 それでもやがて生きるしかないという曲解のなかで歩く
 どうやらぼくはやらかしてしまったようだ
 もはやだれのなかにもぼくがいないという、たんなる事実のゆくところ、
 死ぬべきだという解釈をいまでも抱えては、甘ったれているだけなんだよ

 

LAGのギター

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 ぼくのギターはタグっていうフランスのメーカーのやつ
 そのメーカーでもいちばん安いギター
 ¥25000のやつを
 ¥19000で買ったのは去る年の11月、
 温かい月曜日のこと、
 ピックガードはないけど明るい木目がうつくしいギター
 ぼくはデモのレコーディングのためにそのギターを買ったのだ
 ぼくははじめてじぶんでアコースティックギターを買ったのだ
 それがどんなに愉しいものか、きみはおそらく知らない
 いつまでも左足首が痛む、──たぶん捻挫
 デモ・トラックはけっきょく、あらゆるオーディションに落ちて、
 いまは物入れのなかだ、けっきょくぼくに好機はないってこと
 それでもぼくは夕暮れになるとギターを弾く
 リズム感がわるい、
 バッキングと歌を同期できてない、
 どうしようもなく下手だ
 16歳からやってるのに巧くならないということ
 やがて手がとまる、
 疲れた、
 もう疲れたんだ、
 たったいま4年まえにつくった歌を編曲してた
 間奏がうまくいかない、〆の部分に持ってけない
 どうしたものか、ためいきを嘔いて、
 ちいさな室のなかであがいてる、
 どうやらいきづまってしまったらしい
 地下鉄に乗って、
 映画を返しにいく、
 フェリーニの「女の都」だ、
 この1週間、ぼくはなにひとつできず、
 過ごしてしまった
 それらがどうしたって?
 いいや、なにも
 ただぼくはギターを習いにいきたい
 

 

初秋'19

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 詩を書くみたいに小説が書けたらいいのにっておもう
 もうずいぶんまえから「灰は灰へ還す」という題名だけあって、
 それはきっとながい片思いと失恋についての、
 ちょっと滑稽で、警句の混じったものになる、
 そうおもってる
 神戸市内では夕暮れから雨、
 雨という修辞が降る
 もう秋だ、
 空気がしんみりしてる
 比喩とのためらいのなかでぼくは立ち、
 窓のあたりでつり下がる
 下げられるのだ
 麦の物語でも読んだほうがいいのかも
 ぼくがふたたび小説を書くには
 けれどもそのおもいとは裏腹なことに
 鰯の痛覚が全身を貫き、
 布引交差点をファミリーマートにむかって突っ切る
 そして再生産された情景の数多に見えなくなったぼくの小説が、
 ゆっくりと物語になっていくんだよ
 それがかの女にとってどういう意味を持つのか、
 そんなことには興味がない
 ぼくを閉めだして、
 拒絶したあの女がいまさら、
 なにをぼくにおもったりするというのか
 ぼくを灰にして、
 ぼくのすべてを土に還して、
 いったいかの女がいまさらぼくについておもうことがあるだろうかって、
 ぼくはかぼやいて、
 ふたたび小説を書こうとする、
 虚構と欺瞞に耐えながら、
 森のなかを歩き、
 祠のあるところまでいこうとする、
 やがてそんなものがないことに気づき、
 みずからの手でそれをつくらねばならないと気づくまで、
 ぼくはかの女についてのすべてを雨を主体にして書く、
 雨がもうじき止むだろうとする、
 仮説を疑いながら。