みずから書き、みずから滅ぶってこと。

中田満帆 / a missing person's press による活動報告

経験 [2016/01]

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 わがうちを去るものかつて分かちえし光りのいくたすでになかりき


 指伝うしずくよもはや昔しなる出会いのときを忘れたましめ


 過古のひとばかりを追いしわれはいま忘れられゆくひととなりたし


 かのひとにうずきはやまずひとひらの手紙の一語かきそんじたり


 救いへはむかわぬ歌の一連を示すゆうぐれまたもゆうぐれ


 夜をゆけテールランプのかがやきを受け入れてるただの感傷


 やさしさはなくてひとりのときにのみ悔やめるものぞ日に戯れる


 帰らねばならぬところを喪って遠く御空を剪り墜とすのみ


 くやしさを飼い殺すなり灯火のもっとも昏いところみあぐる


 決して救われぬわれもて歌う風景のひときれきみのために残さん


 ことのはの淡くたなびく唇をして孤立するわれはどろぼう


 たかみより種子蒔くひとよ地平にてあわれみなきものすべて滅びよ


 たそがれにうつむくひとよ美しき惑いに復讐されてしまえよ


 茎を伐るいっぽんの青きささやきよすでに非情なる眼に焼かれき


 ひとの世を去ることついにできずただ口吟さめるのはただの麦畑


 いっぽんの地平のなかに埋もれたき愛すものなきやもめのものは


 友情を知らぬひとりの顔さえもとっぷり暮れる洗面器かな


 拒まれて果ての愁いはだれひとり告げずひとりのつらに帰すのみ


 中空に立つ石われら頭上にてひかりのごとくあふれだしたり


 成熟も病いのひとつ青年の茎はかならず癒やすべからず


 花くわえだれを追いしか少年のあやまちいつも知れるところに


 耳すすぐ悲鳴を夜のふかぶかにきょうも戯むるぼくのすきまよ


 夜ごとすぐバス一台のかなしみを背負いてはきょうの月を浴びるか

 

 

夢と雨の日曜日 [2018/06]

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   *


 老木のごとき時間を過したる夕暮れまえのぼくのためらい


 きみをまだ好きだといいてかりそめの証しを立てぬ流木の幹


 涙という一語のために濡れながら驟雨の駅舎見あげるばかり


 いっぽんの釘打ちひとりさむざむと弟だったころをおもいぬ


 薪をわる手斧のひとつ殺しをばおもいながらに父を見つむる


 草の葉のなまえを調べ図書館の暗がりはいまぼくのものなり


 列車には男の匂い充ちたれて雨季も来たれり新神戸の町


 一台の貨物車過ぎて現れる怪盗以前の20面相


 フロントグラスに突然やって来たかの女の生霊にキスを


 遠ざかるぼくの憧憬ふたたびはないものとして背中を見せる

  
   *


 人狼の夜話を聴きつつ眠りたる架空の息子の羅針盤かな

 
 夕暮れや憂べなるものを焼き給えぼくの地平を侵し尽くして

 
 麦秋至──愛なきゆえに燃えさかる花に乱れるわが物語

 
 姉妹みな葬りたし断崖の彼方の星を撃ち落とすごと

 
 栄光と呼べるものみな蔑めるわかち得るものなき青年は

 
 空中散歩してみたいとかぼやくわが娘という不在

 
 おもいはせる知らない少女のことなどをエレベータのなかでしばらく

 
 磔刑に処される父の夢を見むまどろみのなかぼくは存るかな

 
 大鴉町を横切る真昼間よやがて裂かれてしまい給えよ


 家族欲す憐れなるわが魂しいの救われざるを月に見ており


   *


 亡命の猫いっぴきに餌をやり詩行ふたたびわれに息づく

 
 戯れに魚の頭落としたる猫の営む理髪店にて


 スラングの世界よ友を持たぬぼく麦秋のなかに身を埋めたきかな 

 
 神の子ら踊るつかのまに毒を盛るひと殺したるわれの夢なり


 きみの名をいまだにひとり口遊みうなだれるのはいつ終わるのか


 遠き父母与うるものもなきがままぼくは老いて死んでいくのみ


 ケチャップをかけすぎて緑なる眼のまえを真っ赤染める


 光降る貧窮院の壁に凭れ酒という死を呑みつづけるかな


 きみを求め Shadowplay に戯れる両の手がいつか飛んでいくまで


 絶縁せし友の夢見るはるかなる交感のときを忘れたましめ


   *

 

放浪詩篇の夜 [2018/05]

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   *


 ときとしてきみのなまえを口遊む葡萄の果肉干乾びるなか


 汗の染む放浪詩篇かのひとの跡へむかってうち棄てたりし


 屠らるる敗馬のうちの光りたれまなこの奥の少年のぼく


 唇に注がれたりぬ午后の陽のまれなる色のきみのまなざし


 立ちどまる猫や光りの一滴を夜のうちなるやさしさにして


 帰る場所なくありたった一篇の放浪詩篇の化身たり得ん


 ぼくにいまできるのはただ心臓のような鞄を棄てていくこと


 凍てる星ひろげる両手天体を抱きしめんとす子供らの夜


 神を説くひとのかげあり遡るきみの知らない男の降臨

 
 弟というまぼろしや燃え尽きし燐寸はなんの証しにもならず

 
   *


 地平にて葡萄怒れり鍬初めの男ひとり撃ち抜かれたり

 
 左折して花いっぱいのあばら家の果てに斃るる津波黒の雛

 
 少女らの五月過ぎつつ雨に咲く傘の群生する風景画


 去ってしまったかれらかの女らのことを記号に変えてばらまく夜

 
 午睡する男のなかに現れて汽笛を鳴らす夜の船影

 
 いもうとの睡れるときのつかのまに胡桃をわるる母の手ありぬ

 
 昏れる斧──書物のごとく裂きひらく金色の根よ目醒め給えよ


 桶水の光り充ちたる五月の陽文脈以前の自然をおもう


 神という不在のためにみずからを懶惰のなかに閉じる聖人


 売られたる更地やがてひるがえし飛び立つわれの大鴉かな


   *  


 戦争の立役者たり旅をする世界金融人の夏


 雲果つる夜の頭上に閃いてきみの指までつづく天体


 札遊びせし子供らの失踪をやがて忘れて飛ぶ聖家族


 血のなかの父系の毒を保ちつつぼくは自身を受け入れるのみ


 きみがまだきみでなかったころはまだぼくがどこにもいなかったとき


 無人なる夜のサービスエリアにて子供の靴を見つけるわれは


 みずからの名すらも忘れ立ちどまる給水塔のうえの旅人


 カーロスの詩集をひらくバスがいま無人のままに夜を跨いだ 


 果てる旅ゆっくりぼくはみずからを識る、そして告げるのは闇 


   *

 

手師の惜別 [2018/04]

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   *

 

 河縁の春のよすがも綻びて一銭五厘の娘となりぬ


 火を燈し六角星のぬばたまに攫われていくパレスチナかな


 日本語の律いっせいに狂いたる夏の匂いの向日葵畑


 雲射抜く機体を見あげ一滴の汗する望郷詩篇の書


 更ける夜の公衆電話一頭の鯨夢見ん声また声


 流民との交信中なりゆびさきを幾千まえの座標に合わせ


 スローガン充ちたる町よ最愛のひとを殺せといつ叫ぶのか


 主人公不在のままに幕を閉ず栄光という二字の引力


 別離への餞たればいちまいの債務証書をきみに送らん


 春の野の老いたるけもの妻なきを受け入れて猶遠くをば見ぬ


   *


 野べに立つ男のなかに木立あり眼を突き破り青葉繁らぬ


 河面照る男のひとり飛び込んで慰めとなれ處女塚の碑 


 銃眼のまれなる色に染められしアメリカ大陸地図の滴り


 少年というけものに抱かれ溺死せし子猫の骸──あすは月曜


 裁かるるわれの一生市場にて売れ損ないの烙印を待つ


 砂漠とは渇く魂しい砂色の女がひとり佇んでゐる


 星を見る郵便飛行、いちまいの葉書を月へ届けておくれ


 鈍色の都市間鉄道運ばるるひとのかたちにされた犬たち


 椿とは女の化身惑星を滅ぼしながら旅をつづける


 つれずれを星月夜にてしたためるゆくあてのない過古のきみなぞ


   *


 綴織──陽に曝されてひるがえる一瞬にただきみが笑った


 教会の鐘に覚醒めし真昼時わずかなるも幸運をおもう


 雨季ちかき──傘を求めて短夜の裏階段を上る騎手たち


 かつてぼくは馬と戯れ、いまは馬肉を喰ってる、春


 ナスガママ、アルガママにてユニゾンする偶然のたしかな谺


 ひとの世へ繋がる星を追いかけて通信を断つ夢の涯てまで   

  
 かのひとを恋うる夢から醒めしただくらがりのなか両の眼をひらく


 この土地を追い放たれよみずからに旅の鞄を課す夏祭


 道すがらサイドミラーに映りたる狐火にただ焼かれてみたい


 燕麦のスープ一匙ぼくは呑み知らない星の地上へ降りる 

 
   *


 時を追う針にむかってぼくだけの無意味が充つる鞍頭かな


 天体をかすめて落つる衛星の望郷にみな焼かれてしまえ


 さようならかつてのものに眼差しをたとえば人間未満のぼく


 死地駈ける花に充たされながらいま天体図鑑静かに燃ゆる


 鉄を打つ建築現場人足の行方知れずのまなこの幾多よ


 わがうちの血の争いや謂れなき土地の彼方へ消えてゆくのみ


 莨火のなかに仄かな国生みの伝えをおもい巌転がる


 ストリップ小屋に降りたり石女の尊の顔の淋しさの果て


 天の襞──経験というまぼろしを笑うがごとく日は暮れてにけり


 政治との別れよわれの萌葱色本藍色のかげが失せゆく


   *

 

主題歌(2015)

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 「広告募集」の看板がつづく田舎道
 起伏の激しさに咽を焦がしながら
 かつて父の自動車で走り回った
 いまでもあのあたりを歩けばおもいだす
 いとしいひとたち、
 あるいはいとしかったものたちをおもいだす
 
   それは一九八四年のピープ・ショウ
   あるいは二〇一五年のわるい夢

 喪ってしまうだけの暮らしなら
 もうとっくにうち棄ててる
 懐かしいなどというおもいもなく
 葬ってしまうだろう
 けれどもそれは望みではなく
 抗いですらない

   かつて美しかったもののために歌をくれ
   あるいはかつて慈しみをくれたものたちに歌を

 おもいはぐれてかの地へたどり着く
 バスの発着場にひとり立っては
 迎えてはくれないもののなまえを叫ぶ
 かれらかの女らはなにももっちゃいねえ
 ただもうこっから放たれてくんだ
 急ぎ走りでも掴まえられない
 きっどどっか遠くで歩いてるにちがいねえ
 さっきまでとちがうやり方でその身を焼く
 「広告募集」の看板がつづく田舎道
 起伏の激しさに咽を焦がしながら
 もはやおれをいたぶってくれないきみをおもう
 両の手の箒がおれを撃つまで待ってやろうなどとはおもいはしない

   それは一九八四年のピープ・ショウ
   あるいは二〇〇〇年の別れのとき

 たくさんの主題歌を憶えた
 けれどもそんなことを忘れてぼくこっぴどい幽霊たちから
 いっつもどやしつけられてる
 ただそれだけだ